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シビル(アン・ザカリアス)
新年明けましておめでとうございます。年明け早々にこのような内容は顰蹙かとも思いますがずっと言いたくて、でも、言い出せなくていました。原作『少女ネア』の作者はエマニュエル・アルサン。あの『エマニュエル夫人』。という訳で、この『少女ネア』の映画化も英語圏でのタイトルは「ヤング・エマニュエル」とかそういう感じ...売り方に先ず大きな間違いがあるし、この映画も格別好きではない。女流監督ネリー・カプランによる作品で、お気に入りの俳優が揃っているので観たものだった。ネアはシビルに変わっている。16歳の高校生でまだ性体験はない。何から書こうかと思うけれど、然程好きでもない映画ながら観てしまうのだし、印象に残っているのだから嫌いな作品でもないのだろう。その印象に残っている好きなところを書いてみる。このシビル役のアン・ザカリアスは当時19歳か20歳頃のスウェーデン人の女優。16歳という設定のシビルながら妙なアンバランスな魅力であった。あまり私の好みの顔たちではないけれど、裸体はとても綺麗である(これも私見ながら)。スラリとした脚が特に好きだ。顔はややヤツレタ感じで老けていると思った。また、この少女は大の読書家でもあり、文才もある。ある本屋で万引きをするところから始まる物語。その盗んだ本が欲しい訳でもなかったという辺りは重要だと思う。何がって、この時期の少女の心の揺れの特徴だと感じるから。しかし、盗みはいけない。ハンサムな書店の店主(サミー・フレイ)にこの少女は大胆にも性体験を要請する...そうした展開の中で少女シビルの書いたポルノ小説をその店主は盗作し、仕返しされ、なんだかんだという経緯後、ふたりの仲はハッピーな感じ...この間の展開や描き方があまり好きではない。多分、それは私の生理的な感覚から思うことだろうが。

少女エロスな映画とも言えるのだろうけれど、何故、いつも映画大国フランスはこのような少女の描き方を好むのだろうか?男性監督ならまだしも、女性監督ですら。ただ、ふとした場面の繊細さを感じることもできるが、私が思う(好きな)少女世界からは遠い。けれど、アン・ザカリアスの美しい脚を観れること、脇を固める俳優は超一流であるのは素晴らしい!一概には言えないけれど、文学少女はかなり独自のエロティシズムを持ち、妄想する想像力がある人が多いようにも思う。活字を読む作業、本の頁を捲る作業はある意味、私にとって快感である。それは脳内の少女世界へ、あるいは二次元へと繋がるからであろう。

シビルの部屋 原題 : Nea 製作年 : 1976年 製作国 : フランス

                                        青猫

nea

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テーマ:映画 - ジャンル:サブカル

【2009/01/09 04:18 】
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ヒラリー(レイチェル・グリフィス)とジャクリーヌ(エミリー・ワトソン)
ビートルズが世界を席巻していた1960年代、イギリスからもうひとりのスーパースターが出現した。その名はジャクリーヌ・デュ・プレ、英国音楽界の至宝と称されたチェリストである。死してなお衰えぬ人気とは裏腹に、あまり知られてこなかったその私生活を知りたいという人は多いはず。というわけで、この映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』は、「16才でデビューしてから瞬く間に国際的な評価を得るものの28才で多発性硬化症のため引退、42才で死去」という不世出の天才の劇的な生涯を描いたもの・・・と見せかけて、じつは『ヒラリーとジャッキー』という原題の通り、ジャクリーヌの姉・ヒラリーとの生涯を通じた姉妹愛がメインテーマなのですね。それこそウィキペディアを読めば知りうるエピソードは駆け足ですすむため、時間軸の把握がやや困難なつくりになっています。ようは、ヒラリーとの交流が途絶えていた時期の描写がはしょられているんですね。その代わり、「優秀な姉」から「天才の妹を持ってしまった凡人」となり、すべてが変わってしまったあの日までの、すべてをふたりで分かち合い、テレパシーのようになんでもわかりあえた少女時代の描写が、このうえなく幸福な記憶として作品中に繰り返し出てきます。物語の終盤、もはや命の火が尽きかけ、発作を起こすジャッキーを抱きかかえながら、ヒラリーはあの頃の想い出を語って聞かせます。鑑賞するわたしの涙腺が決壊する素晴らしいシーンです。

自慢の姉と同じポジションに立ちたくて、ひたすら練習した幼い日々。チェロはジャッキーの天賦の才を開花させ、信じられないほどの富と名声をもたらしてくれると同時に、最愛の姉と引き裂かれる生活をももたらしました。極度のホームシックにかかりながら初の演奏旅行を終えて帰宅したジャッキーに、ヒラリーは「恋人から求婚された」と打ち明けます。狼狽し、きつい言葉を投げつけるジャッキー。やがてジャッキーもピアニスト・指揮者として名高いダニエル・バレンボイムと結婚しますが、チェリストとしてではなく、ありのままの自分を見てくれない彼に不満を募らせ、演奏旅行をすっぽかして姉夫婦のところへ逃げ込みます。そこでジャッキーは、ヒラリーに「あなたの夫と寝たい」と持ちかけるんですな。このあたりが「わざわざ描かなくても良い私生活を暴露するのは下品である」と批判されたようですが、わたしはジャッキーが、どれだけヒラリーに愛されているのかを測ろうとしたのではないかと解釈しました。もちろん最初は拒否するヒラリーですが、ジャッキーが度々起こす自傷的な行為を見かねて、夫にジャッキーを抱くよう願い出る。もちろん夫は拒否しますが、ついには根負けしてしまう。とまぁ、内容はこのあたりで措くとしまして。



リリ・ブーランジェに関するエッセイ二編 日本語訳

ヒラリーとジャッキー姉妹を見ていてどうしても思い出すのが、門下生リストがそのまま20世紀の音楽史になりうると言っても過言ではない音楽教師・ナディア(前述のバレンボイムもその生徒のひとり)と、天才作曲家と目されながら24才の若さで没したリリのブーランジェ姉妹です。ブーランジェ姉妹の仲睦まじさも非常に有名で、終生独身であったナディアは、その生涯を通じてリリの作品を広めることにも努めました。

ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ 原題 : hilary and jackie 製作年 : 1998年 製作国 : イギリス

                                     林茉莉

hilaryandjackie.jpg
【2008/12/08 13:42 】
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デルフィーヌ(モード・フォルジェ)
好きな映画が実在の人物や事件であることって多いですね。この『デルフィーヌの場合』も実際に起きた事件を脚色したものらしいです。このデルフィーヌを演じるモード・フォルジェはとても透き通る白い肌の小柄な可愛い少女でとても好き。その後、イザベル・ユペールの娘役で出ていた『いつか、きっと』では少しふっくらしていたけど今後も期待している女優さん。そして、転校生としてやって来るオリビア役はルー・ドワイヨン(バーキンそっくりなパーツ大きくハッキリクッキリ濃い大人顔の少女)。このふたりの少女は15歳。派手で悪い遊びに慣れているオリビア。初心なデルフィーヌはそんな彼女に惹かれる、ふたりの友情は好き。そして、初恋の男の子ロランとの体験。ロランが今の現実から逃げ出したいという、一緒に逃げるにはお金が必要。その資金作りのために、デルフィーヌとオリビアは売春行為を毎日行う。その場面は露骨ではないけれど、わたしは居た堪れないものだった。実際に幼い体を差し出したかのようにソフトには書かれているけれど、そんな描写はない。しかし、1991年のフランスで実際に起きた事件がどこまでの内容だったのかは知らない。どちらにしろ、デルフィーヌはロランへの一途な気持ちからの行為。彼女にとって、その時、正悪の判断の余地も無くただ一途。そういう時期があると思う。ムカつくのはたいして美男でもない優柔普段そうなロラン。こういう男の子、普通にいそうな気がする。また反対にこういうロラン的な女の子もいる。デルフィーヌのような一途な男の子もいる。絵空事ではない。繊細なストーリー展開とは思えないけれど、デルフィーヌはその後どうしているだろうか...と考える。ロランはまさかこんなことに!という軽い気持ちだったろう。少女期の親や社会が目に入らない時期の美しさと怖さ。この映画が好きかと尋ねられると、「ノン」!でも、観て良かったと思うし観ずにはおられない。

デルフィーヌの場合 原題 : Mauvaises Frequentations 製作年 : 1998年 製作国 : フランス

                                        青猫

Mauvaises

テーマ:映画 - ジャンル:サブカル

【2008/11/24 15:35 】
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ポーリー(パイパー・ペラーボ)
次の『乙女の祈り』も凄く楽しみですが、このレア・プール監督の『翼をください』をもう少し続けさせてください。ミーシャ・バートンが出演しているので観たのですが、その後5回以上は観ています。何度も観る映画はかなり好きなのだろうと思います。17歳の3人の少女たち。メアリー役のミーシャ・バートンは14か15歳位で、トリー役のジェシカ・パレは20歳位。ポーリー役のパイパー・ペラーボは25歳頃です。その後、パイパー・ペラーボは『四角い恋愛関係』でもレズビアン役を演じていました。こちらはハッピーエンドのラブ・コメ風で軽く楽しめました。この『翼をください』の3人の少女たちのそれぞれの心理描写が素晴らしいですね。女性監督ならではだと思います。それぞれの17歳であるが故の行動に共鳴します。メアリーの語りで始まり終わりますが、わたしはこの映画の中ではポーリーが好きです。17歳という年齢、個人差がかなりありますね。あまりの情熱さで砕けてしまうポーリーの純真さ、そして愛を得られず死に至る選択。悲しい結末ですがハヤブサは飛び立ちますね。この感情はとても綺麗です。”少女特有の”という形容が色々ありますが、意地悪さや残酷さを描くものも多いですね。わたしは自らの感情に率直に突き進むが故の苦悩で砕けてしまうポーリーの少女性のようなものがとても好きで考えます。トリーは一足先に大人になっていますね。家族や世間の目というものを意識して男の子を選びます。後半で、メアリーにポーリーが悲痛な叫びを発します。”私はレズビアンじゃない。トリーが好きなの”と。そこでウっとなるメアリーの気持ちも分かるのですが。シェイクスピアの引用効果も好きです。わたしも校長先生役のジャッキー・バロウズ好きです。『赤毛のアン』や『アボンリーへの道』にも出演されている英国生まれのカナダ育ちのお方。先生がポーリーの気持ちを理解しようと努めている様子も伝わりますが、誰にもポーリーの加速する激情は止めることなどできない。個人差がとてもある思春期。一概には言えない複雑な心の襞からヒリヒリするもの、それこそ純粋さだと思います。このポーリーの汚れ無き感情は崇高で胸を打たれます。こういう安易な言葉ではわたしのポーリーへの気持ちは伝えられない程、このポーリーが好きです。好きになった人が女の子であった。それを傍目には”レズビアン”と。陰口を言う人も多い。この映画はレズビアンというセクシュアリティという問題提起で”愛すること”を問うた作品だと思います。トリーは美人だしそのまま大人になって社会に出て行くのでしょうね。メアリーはポーリーの死を経て校庭に植えた草木の成長と共に少しずつ大人になって行くのでしょうね。そして、ポーリーは不純物を知ることなく純粋な感情を持ったまま翼をハヤブサに授け飛び立ちました。わたしは長く生きています。ポーリーの気持ちがとても分かるのはもう少し幼い頃のことに起因しています。わたしが死に至らず今ものうのうと生きていられるのはポーリーの精神年齢ではなかったからです。同じ10代、思春期云々...ごっちゃには出来ません。また、少女というものが大切なのは何故か?という自らの問いに未だに答えは見つからず。”かわいい”とか”美少女”という言葉よりも最も心を鷲掴みされるのは大人になる手前のあまりにも微妙で複雑で不安定だけれど、真っ正直な純粋さです。思うまま書き綴りましたが一部です。

翼をください 原題 : lost and delirious 製作年 : 2001年 製作国 : カナダ

                                   青猫

lostanddelirious.jpg

テーマ:映画 - ジャンル:サブカル

【2008/11/06 05:48 】
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