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少女愛惜
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# M 『不思議になんとなく、ふっと吉田健一を書こうと思ったのです。ほんとつながってますね!』

# 林茉莉 『戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである(注1)。ということで、戦争が勃発するとき、政府からアナウンスされる唯一の原因も、各自の生活を美しくするためなのでは、などと思いつつ、手段というより、意思表示としては確かに有効なのかもしれない、とも思うわけです。ヴィアンによれば、かわいい少女たちとの恋愛とデューク・エリントンの音楽しか美しくないということなので、それを当てはめると、俄然わたしにとっても十分な説得力を持ち得ますね。ただし”恋愛”と”デューク・エリントン”は蛇足ですが。』

# S 『そういえばよく疑問に思うのですが、私の個人的な少女像がどうも人と違っているみたい。“少女”と聞けば、ふてくされ顔の自分とか、やけに素顔のおぼこい“不良少女”達を思い出してしまい、エッセンスとしての少女=かわいいイメージが素直に浮かんでこないのです。男性は“少年”にどんな印象を持ってるんだろう、というのも気になります。』

# M 『つらつら想うのは、世界を救うのはもしかしたら「だって可愛いんだもん!」なのかもしれないなあということです。救われるべき“世界”があるとしてのことですけど(笑)。ただ難しいなあと思うのは、「可愛いもの/美しいもの」は人によってそれぞれ、かわいい少女たちの人もいれば血みどろ死体の人もアメリカの夢な人もいる。それに過剰に執着して他を攻撃しはじめると争いが起き大きくは戦争を始める言い訳にも使われるんじゃないかなあって思いますし、かといって各自の生活の美しさを守ることだけに固執しすぎると、Fブラウン描くところの「ドーム」のようなことにもなるのじゃないかなあって思ったりもします。まあ何事も良し悪しですね♪「エッセンスとしての少女=かわいいイメージが素直に浮かんでこない」実は私もあんまりピンとくることが少なくって。「男性は“少年”にどんな印象を持ってるんだろう」気になりますね!男性の方、ご教示いただけたら嬉しいです。』

# 林茉莉 『1)入植後のオーストラリアで、あれだけ多くの固有種が絶滅させられたにもかかわらず、寝てばかりで動きもトロいコアラが、なぜか生き延びることができた。それはひとえに、その愛らしさゆえ、人間に愛されたかららしいです(注2)。フランスの科学番組によれば、ですが。
2)エッセンスとしての少女=かわいいイメージ、とは、つまり素直で慎ましく、物静かではにかみ屋、みたいな感じでしょうか。便宜上、そういうイメージが少女性の代名詞になっているのは仕方ないですが、それじゃ我々オタクは萌えませんね。Mさんには少し話しましたが、クラリスやシータじゃ弱いんですよ。 
3)もともとクリスチャンの自分にとって、救済という語はあまりピンとこないんです。 
4)可愛いもの/美しいもの、わたしにとって、このふたつには決定的な違いがあります。ものすごくくだけた表現をしますと(ゆえに誤解を生むかも)、美しさとは、すべての無駄を省いた状態、可愛さとは、無駄なものだけで組み上げられた状態、といいますか。美しさが超越してゆくイメージなのに対し、可愛さは退行してゆくイメージなんです。 
5)多様性が争いの火種になり得る、とは思うのですが、それが原因で集団ヒステリー状態、ひいては殺しあいに発展することは少ないのではないかと思います。 
6)少年に対する印象、これは難しいですね。わたしはショタっ子大好きという性癖をもっていますので、サンプルとしては適当ではないでしょうし。かんたんにいいますと、少女と同じく、やっぱり幻想を通してみてしまいますね。それを人は脳内フィルターと呼んだり、イデアと呼んだりしますけど。長野まゆみの描く少年像なんかは、けっこうわたしのもっている少年像と近いと思います。 
7)長々と申し訳ないです。』

# bghs 『得意の’めたふぁー’で蛇足を補足。
1) 三歳のころ、よくいっしょに遊んだ男の子と十六歳になって再会した刹那、片瀬健二という本名はうろおぼえでしたが、「ケンちゃん?」と、考え立つよりも先に口がついた。
2) 「かわいい少女たち:エッセンスとしての少女=かわいいイメージ」=「大きな林真里子さん:大好きな林真里子さん=かわいいイメージ」=「主観でみた現象:主観でみた客観」
3) パス
4) 美しさ;「たった一枚のアルバムを残して解散したセックス・ピストルズ」「菊次郎の夏」「2001年宇宙の旅」等
可愛さ;「老いてなお盛ん! セックス・ピストルズ、遂に通算30作目」「冬も菊次郎」「2001年宇宙の旅:爆笑マル秘NG集」等
5) 調べに対し、「たのきんトリオのふたりは、どちらが泳ぎが得意かを言い争ううちに、ついかっとなってしまった。殺すつもりじゃなかった」と、こたえてみるテスト・・・
6) 「そういえばよく疑問に思うのですが、私の個人的な少年像がどうも人と違っているみたい。“少年”と聞けば、ふてくされ顔の自分とか、やけに素顔のおぼこい“不良少年”達を思い出してしまい、エッセンスとしての少年=かわいいイメージが素直に浮かんでこない」実は私もあんまりピンとくることが少なくって(ry
7) 長々と申し訳ないです。』

# M『みなさま、コメントたくさんありがとうございますm(_ _)mこれ以上長くなるのも…と迷いましたが、ちょこっとだけ…。
>林茉莉 さん
たくさん解説ありがとうございます♪長々と…なんてとんでもないですよ~!「可愛いもの/美しいもの」の違い、なるほどなあって思いました。長野まゆみさんはあまり読んだことがないのです~。ちょっと苦手な匂ひがしてしまって(笑)でもこれも喰わず嫌いですよね。機会があれば覗いてみたいです。「クラリスは“萌え”というには弱い」これ、初めて聞いたときはビックリしました。でもお話を聞くと、なんとなく納得しました。「魔女の宅急便」なるべく早く見てみたいです!
>bghsさん
ここでははじめまして♪めたふぁ補足、ありがとうございます。考え立つよりも先に口がつくって、いいなあ。2)は、あうっとドキっとしました。還暦越えてもガーゼシャツのピストルズは可愛い、かも。30枚目も1枚目とおんなじだったらもっといいな。「冬も菊次郎」の可愛さはよくわかんなかった…。たのきんトリオの残り一人は、二人の殺し合いを眺めていたのかなー。めたふぁ補足してくれてるのにあんましわかってないです、すみません…。でもありがとうございます!…やっぱり長くなってしまいました…ずびばぜん…』

# S『コメントありがとうございます。長いも短いも大歓迎♪でございます。
>林茉莉さん
「可愛いもの→無駄なものだけで組み上げられた状態」に納得です。無駄は大好きな私ですが、少女期特有の無駄なもの(強い自意識とか、ぼんやりした輪郭とか)が過去の自分を見るようで恥ずかしいのですね。羚羊みたいな脚と固い線でできた少年の様な肢体を持った少女でありたかった…と当時よく思いましたわ。
>bghsさん
再結成セックス・ピストルズは確かに美しいというよりは妙に可愛らしかったです。いろいろ考えに考えた結論→「私、可愛いかも?」…駄目ですか。』


「交歓SM日記」の過去ログより、「2005-03-22 M「饗宴 他」吉田健一 / 「白州正子自伝」白州正子」のコメント欄を無断転載。「少女愛惜」というタイトルも、フレンチ/女性ボーカル 友の会【BRIGITTE】からパクったもの。なので、怒られたら消します。ログよりさきに、わたしが消されるかもしれませんが。ガクガクブルブル。
                         林茉莉

(注1) 「ランダム・アクセス」吉田健一の言葉
(注2) 『利己的な遺伝子』の著者、リチャード・ドーキンスによる説。桜井幸子&持田真樹版『高校教師』の作中で引用され、一躍脚光を浴びた。
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【2005/10/07 10:04 】
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マドレーヌ
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マドレーヌ公式

幼稚園に通っている頃、先生から毎月絵本をもらっていたのだけれど、なかでもいちばん印象に残っているのがこれ。あとはカロリーヌ・シリーズ。自分の欧州趣味を決定付けられたという意味で、とても感慨深い作品です。
とにかく知りうる限り遠いところへ、そのとき置かれている環境と、まったく違うところへ行きたいという願望のあらわれだったのかもしれません。
ていうか、わたしはいまだに『マリみて』だの『ひみつの階段』だのを愛読しているわけで、「パリの寄宿舎で暮らす12人の女の子たちのお話」に耽っていた頃から、ちっとも変化というか進化がないなと。ええ、たったいま気付きました。
そういえば、当時から、なぜか主役が男の子だと感情移入しにくかった記憶が。ウォーリーは好きだったけど、あれはちょっと違うと思う・・・あの秘密基地みたいなゴチャゴチャした雰囲気に、惹かれていたのではないかな。

                        林茉莉
【2005/09/11 11:41 】
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