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フランス窓便り
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先今月号の『Cookie』で、水沢めぐみが読み切りを描いていて、他にも小花美穂だの矢沢あいだのというメンツをみるにつけ、これって旧りぼん読者の受け皿なんだなぁと思ったりした。かつてわたしがメインで読んでいた頃のりぼん作家は、ごそっとマーガレットに移動したわけだけど。
「乙女ちっく」を描いていた作家にもいろいろいるけど、その現在はだいたいふた通りに分かれる。大島弓子や陸奥A子のように、描き手の実年齢にふさわしい作品を描き続ける人と、白倉由美や川原由美子のように、山のあなたへいっちゃった人。少女の過敏な自意識から来る<美しいうちにこの世から消えたい>って願望を映し出した作品ってのは、言い換えればヤンキー~ヤクザ漫画の<太く短く生きるんじゃい>と、本質は同じだと思う。どちらも、美意識の体現が行動様式となるのもよく似ている。ただ、前者が<他人との接触>を極度に怖れるのとは対照的に、後者では<他人との関わり>を抜きにしたら、物語は動かない。ゆえに、前者は自己の知覚の及ぶ範囲が、世界そのものとなる。後者は、あくまでコミュニティの域を出ない。
たとえば「シベールの日曜日」では、変質者と勘違いされたピエールが警官に射殺されるわけだが、これはピエールの哀れさに観客を同情させるためではなく、唯一の理解者を喪ったシベールの薄幸ぶりに酔うための演出なんである。筒井康隆の七瀬シリーズでは、とうとう七瀬本人までアレされてしまうわけだが、おそらく筒井氏自身の七瀬への思い入れが、ああいう結末を書かせたのだと思う。無垢で純真な魂を表現するためには、つねに主観的にではなく、客観的に薄幸でなければならない。それがドラマツルギーというものだ。・・・御存知の通り、わたし自身は、アニーよりもイライザに萌える性質ですが。

「pastel madness」の過去ログより、「2005-06-09 ガラスの夜想曲」を転載。

                         林茉莉
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【2005/10/05 11:03 】
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Betty & Veronica
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サブリナ紹介ページ アーチー・コミックス公式

NHK教育でやっていたドラマ版サブリナにはまり、その原作が、71年にアニメ化もされたアメコミであることを知る。アメコミ事情にはかなり疎いほうなのだけれど、バブルガム・ポップ・バンドのアーチーズ経由で、アーチーというアメリカの国民的コミックがあるということぐらいは知っていました。
で、サブリナの作者について調べているうち、ベティとヴェロニカという、アーチーのガールフレンドをメインに据えたコミックがあり、いまだアメリカの少女たちにたいへん人気があるということを知る。その作者が、サブリナも描いていたというわけです。
ちなみに、ドラマ版サブリナはゲストも豪華で、シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーやアヴリル・ラヴィーンが出てきたときには、思わず倒れそうになりました。大ファンなので。

                         林茉莉
【2005/09/12 20:26 】
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冬野さほ「ポケットの中の君」
さほ

方眼のリズムで読むキッズマーチ

現在の冬野さほの原点となった、ターニングポイント的傑作。
 子供たちの情景をサンプリングし、切り取ったようなコマ々は、普通の漫画の様にテンポ良く読めるものではないかもしれない。しかし、この手法こそが、多感で自意識に翻弄されがちな当時の女子達を夢中にさせ、後に沢山のフォロワーを生むことになった(そして誰も冬野を越えることなく消えていった)。
 幼少の頃に読んだ、輸入モノの絵本のような画風、デザイン、コマの配置…全てがめまいがするほど鮮烈で、自然と気持ちが幼少の頃にフィードバックしていく。

                         コミックよし子
【2005/09/10 00:25 】
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