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林茉莉;ブログ界の河合その子
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クラブでかけられるネタ曲は、定番や大ネタを除くと、たいていがごく最近の曲であるか、もしくは話題になってから10年ほど経過して、誰もが忘れかけている「あ、それいいよね」とか「じつはそれっていいよね」的な曲である。楽曲の知名度も視野に入れつつ、どの程度「忘れられていた」かを計算し、いいタイミングでフロアへ投げ込めるDJは、<センスがいい>とか<嗅覚が鋭い>と言ってもらえたりする。
だが、少女(幻想)に関するコンテンツを書いている身として、ごく最近のものを取り上げるのは、「センスがいい」とか「嗅覚が鋭い」ことにはならないようだ。なぜなら、それらは即座に「大きなお友だち」というありがたくない隠語を連想させるからで、しかも性癖的に後ろ指を差される危険性をも孕んでいる。すなわち、いい歳をしたおとなの男が、少女性を<語る>のに、『ふたりはプリキュア』だの『オシャレ魔女 ラブandベリー』だの『ベリーズ工房』だのを取り上げるのは、いささかリスキーな行為なのである。
こういう記事を書いていて思うのは、けっきょくわたしたちは、「少女のありよう」を気にするよりも、自分たちが幼かった頃に定義されていた「乙女チック」への想いを愛でているのだなぁ、ということ。それは、かつて『ときめきメモリアル』の大ヒットした要因が、じつは「疑似恋愛」でなく、「学園生活の追体験」にあった事実とよく似ている。
さらにわたしたちは、男としてこの世に生を受けたわけで、ゆえに「どうして女の子はズボンをはいてもいいのに、男の子はスカートをはけないのだろう」と思ってしまった種族だったりするのだ。けれどそれは、性同一性障害と呼べるようなものではなく、もともとは、ただ隣の芝生が青く見えてしまっただけなのだと思う。
というのも、その頃の男の子には、とにかく「昇りつめねばならぬ」射精型自己実現社会への参加が課せられていたり(少年漫画では力のインフレが横溢していた)、ロックを聴くにしても、バンドメンバーへの黄色い声などは御法度で、そのルーツだの奏法だのメッセージ性だのを、訳知り顔で語らねばならないような空気に支配されていた。そして、それができない男は「女々しい」落伍者だったわけだ。いや、わたしたちは、それへの参加をハナから拒否していたわけだが。おそらくそういった感性は、「身近な男性」、すなわち男親への嫌悪感から培われていったのだと思う。
すなわち、わたしたちは<男であること>を拒否したのではなく、<男たること>を拒否したのだ。だから、わたしは「生きる上で役に立たない知識」を山ほど抱えた男性型オタクでもあるけれど、それより「買い物が大好きな完全消費型」の、蘊蓄よりもまずはカップリングな腐女子型オタクであることを愉しみたい。
                         林茉莉
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【2005/10/03 05:55 】
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